2012年6月7日木曜日

何故ダチョウの方五郎の「蘭学事始」にしたか?

講談社オランダ語辞典に下記のような記述があり、ヒントにしたんです。 Truisvogel(男性名詞)【鳥】ダチョウostrich (駝鳥は江戸時代渡来の珍鳥のなかでもきわめて珍しいものであった。記録上確実なのは万治元年1658年正月15日(出島商館)館長ボーへリオンが(時の)将軍に献上した「ほうころすてれいす」(『德川実紀』)のみである。狩野派絵師によるよる絵には「鳥の名ほうごろうとろいし、背の高さ地より五尺許り、せなみよりくびのながさ五尺余り鳥のえ、な、せり、こめ」とある。これによって当時オランダ語では駝鳥はstruisvogelではなくvogelstruisであったことがわかる。オランダ側の記録を見てもこの年2月17日将軍にVogel-struisを一羽贈呈したところ大いに喜ばれた。毎日六人の者が世話をしていたが、7月14日、とびはねているうちに胸を柱に打ちつけて御前で死んでしまった。と報告されている。その後、駝鳥の渡来は稀であったので、ヒクイドリ食火鶏kasuarisと混同され、ほうごろ、凰五郎と呼ばれるようになった。)《講談社オランダ語辞典771頁から引用、一部アレンジ》しかし、この説明では凰五郎はほうごろうとは読めない。鳳がホウなので、この記事の出典も記されてない以上信憑性に欠ける記事なので、私は方五郎と云う事にさせてもらいます。講談社の方がこれを見られたら正確な出典と鳳五郎なのか凰五郎なのかを教えて欲しいと思います。

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